酒にまつわる故事、成語
酒にかかわる故事はまた非常に多い。しかし失敗談も多く、それを戒める成語、熟語もまたかなり多い。人間どんなに戒められても、再び三度過ちは繰り返すものらしい。それが人間というものなのだろう
- 酒は百薬の長 :酒は上手に飲めば薬に勝るの意味
『酒百薬之長』(酒は百薬の長)
この言葉は漢書の中に記された、劉邦の建てた国・新(前漢と後漢の間に14年間だけ続いた国)の王である王奔が下した詔の一節から出たという。
もともと儒教の聖人周公を手本にして、それに倣おうとした。しかし地方の長官はこの制度を悪用し金儲けを計ったため、かれの思惑とは逆のものになってしまった。
そこで彼は再度、「其れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」なる詔を出し趣旨徹底を図ったが、人民の暮らし楽にならず国は乱れて、内乱が発生し彼も失脚し全身切り刻まれて死んでしまった。
しかし、元はといえば彼自身前漢の皇帝を毒殺し、自ら皇帝に地位を乗っ取ったもので、ある意味では自業自得ともいえるが、なんとも血なまぐさい話である。 - 酒池肉林(「中国故事物語」 河出書房)
夏の傑王は人並みすぐれた武勇才智に恵まれた王であった。しかし、自ら打ち滅ぼした有施氏の国から貢物として献ぜられた妹喜(ばっきと読む)に溺れ国を滅ぼすことになった。
かれは妹喜の為に宝石や象牙をちりばめた宮殿を営み、その奥の寝室で淫乱を極めた。しかし妹喜の要求は日々に増大し、彼女の要求に従って、宮園の一角に大きな池が作られ、その池には美酒がなみなみと注がれ、又池の周りには丘になぞらえ肉の山が築かれ、立ち木の代わりに肉の林が作られた。三千の宮廷の美女が池の周りで音楽に合わせて踊り狂い、合図の鼓で池の酒を飲み、肉を貪る狂態を王は妹喜と共に見て悦楽の境地に入るのである。
この歴史は繰り返され、後の殷王朝の纣王も元々はやはり人並み外れた立派な王であった。
しかし、彼自ら打ち滅ぼした有蘇氏から贈られた美女姐己(だっきと読む)に心を奪われ、傑王と同じように酒池肉林の宴を催し、国は滅びる。 - 林間に酒を暖めて紅葉を焼く(白楽天の七言律詩「王十八の山に歸るを送り、仙遊寺に寄題す」より「中国故事物語」 河出書房)
曾於太白峰前住 曾て太白峰前に於いて住み
數到仙遊寺裏來 數しば仙遊寺裏に到り來る
黑水澄時潭底出 黑水澄む時 潭底出で
白雲破處洞門開 白雲破るる處 洞門開く
林間暖酒燒紅葉 林間 酒を暖めて紅葉を燒き
石上題詩掃綠苔 石上 詩を題して綠苔を掃く
惆悵舊遊無複到 惆悵す 舊遊複た到ること無きを
菊花時節羨君回 菊花の時節 君が回るを羨む (壺齋散人注)より
白楽天は唐代の詩人で、非常に素直で誰にもわかりやすい詩を謳ったことから、日本でも絶大な人気を誇っていた。日本でも、[香炉峰の雪は簾を掲げて看る」の逸話でも見られるように日本の平安時代の貴族階級の間では、きわめてポピュラーな存在であった。
この「林間に酒を暖めて紅葉を焼く」に、平安末期の高倉天皇の逸話がある。高倉天皇は紅葉を愛好し、庭園にも多くの紅葉を植えていたが、それを知らないしもべたちが紅葉を折って薪にし、酒を温めて楽しんだ。翌朝驚いた臣下の一人が帝に注進に及んだところ「林間に酒を温めて紅葉を焼くという詩の心をば、さればそれらには誰が教えけるぞや。優しくも仕りたるものかな」と、しもべたちの風流ぶりをたたえたというのである。
因みに高倉天皇とは、平清盛の甥であり、安徳天皇の父親に当たる天皇である。
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